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黒人→白人→黄色人
黒人の夫婦から白人の子どもが生まれたとのことです。 アルビノでは無いと言っていますがどうなのでしょう。 これは岸田説の傍証になるのでしょうか。 http://www.thesun.co.uk/sol/homepage/news/3060907/Black-parents-give-birth-to-white-baby.html
『良心をもたない人たち──25人に1人という恐怖』という本を読んで思ったのですが、 “サイコパス”と呼ばれる人々は、一体何を自我の支えとしているのでしょうか。 彼らは道徳的規範を知識としてはよく知っており、人々に自分がどう思われるかについて鋭い感覚を持っています。 そして外面的には非の打ちどころのない生活を送り、世間の評判もよく、社会的に高い地位を占めていたりします。 彼らは世間を欺くことはあっても、自分自身を欺くことはありません。 自分の罪や欠点に自覚的で、そのことに罪悪感を感じていません。 このような人間が本当に存在するのでしょうか。 彼らも内心では不安と葛藤を抱えており、必死に隠そうとしているだけなのでしょうか。 そうではないとしたら、何が彼らの自我を支えているのでしょうか。 岸田先生やみなさんはどうお考えになりますか。 http://www.soshisha.com/book_read/htm/1472.html
岡田斗司夫さんが、岸田先生の説に疑問を呈されています。 http://otaking-ex.jp/wp/?p=2985 (動画の5分前後の箇所から) http://otaking-ex.jp/wp/?page_id=1980
岡田さんの説はオカルトですが、面白く感じました。
柚南さん こんにちは。
リンク先を見ました。岡田斗司夫は面白いですね。 大したことない疑問に思えます。
こちらに岸田先生と岡田斗司夫の対談がありました。 http://netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/books/mazime/No2.html
idさん、こんにちは。 お返事ありがとうございます。 私は岸田先生の説に賛成なのですが、岡田さんの説は、SFとしては面白く感じました。 リンク先読んでみます。
先生が、小田実さんについて質問しています。誰かご存知の方いませんか?僕の回答は、質問に対しての回答になっていないです。どうでしょうか、皆さん、この際書き込みのほう宜しくお願いします。僕ばっかり目だっても困るので。
訂正です。「自殺や借金苦」ではなく「鬱や借金苦」です。
先生、お久しぶりです。
僕は小田実さんのことは知りませんでした。でも、ベトナム軍に日本軍のことを重ね合わせて応援していたというのはありえるのではないのでしょうか?
日本は先進国で最高の自殺率を誇るように、追い込まれている人がたくさんいて、彼らはアメリカ人に追い込まれるベトナム人に、自分を重ね合わせてみているのではないでしょうか?
カレル・ヴァン・ウォルフレンが『日本・権力構造の謎』という昔の本で、80年代の日本を分析し、日本には、権力による「脅し」の行為と、脅された一般市民の「仕方がない」という空気が蔓延しているといっています。
この分析は今でも当てはまっていると思います。コレは先生の「日本人は分裂病」という分析にも適用可能です。
なぜならコレは、権力に本当は逆らい反逆し打ち倒したいという欲求があるのに「仕方がない」といって過剰に権力に屈してしまうのは、本当は権力を認めていないのに、権力の脅しに屈して、暴力男にしがみつく女のように無理やり従わせられ、「仕方がなく」、自分が認めてもいない代表者に支配され、精神的にも引き裂かれているからです。
先生が分析されているとおり、「暴力男にしがみつく女」である日本人たちは、アメリカに対して卑屈になるだけでなく、国内の権力にも卑屈になります。そして、本当はそれらの権威を認めていません。コレはまさに、統合失調的な症状でしょう。
そして、抑えられた内的自己は過剰な反発心となって極端な反米になり、アメリカと戦うベトナムに見事に自己と同一視し共感し応援してしまうのでしょう。
ですから、日本の自殺率が高いのは、自殺や借金苦だけでなく、統合失調症によるものも多いのではないかと個人的には推測しています。コレは先生が分析されたように、日本人の身内に甘く、他人に厳しい、客観的な視線がない体質と、「暴力男にしがみつく女」のようにアメリカにしがみつき、日本国政府にしがみつきながら、本当は被支配者で弱者である一般大衆は、無意識にそれらに反発していながら、強者の「脅し」に弱く、すぐに「仕方がない」と考える日本的風土が、ペリーショック以降、通低しているのではないでしょうか?
この前、亡くなった小田実さんが主催していた「べ平連」が、当時、あんなに人気があったのはなぜかと、ある人が言ってきたので、この運動は反米運動だったのではないかと答えました。ベトナムがアメリカに勝ったのは、北爆の米軍機が次々と撃墜されたことからもわかるように、ソ連などの援助により、ベトナム軍が優秀な近代的武器を持っていたことも大いに与かって力があったからですが、どういうわけか、当時の日本では、貧弱な武器しか持たないベトナム兵が、類稀な勇気と自己犠牲的精神で戦い、優秀な」近代兵器を持つ米軍に勝ったという話になっていました。地下壕に潜んで戦うベトナム兵は同じように地下壕に潜んで戦った硫黄島の日本兵に比べられ、落とし穴に先が尖った竹を立てたベトナム軍の原始的武器が強調されていました。どうも、日本人は、ベトナム兵を日本兵と同一視し、日米戦争で、劣悪な武器しか持たなかった日本軍が優秀な近代兵器を持つ米軍に勝つという幻想をベトナム戦争に託していたのではないかと考えら
れます。みなさんは、どう思いますか。 岸田
確かに言われるとおり、ベトナムはゲリラ戦で勝ったようなイメージがあります。 当時の私は共産主義が嫌いでアメリカを支持していました。
朝鮮戦争でアメリカは北朝鮮に対し原爆を使わなかった。 北ベトナムにも原爆を使わなかった。 日本に原爆を投下したのは、犠牲を少なくし戦争を早く終わらせる為との正当化はダブルスタンダードですね。 日本への復讐と核実験、他国への威嚇だったのだろうと考えます。
「最低でも県外」。それは某結婚詐欺師が唐突に言い出したもので、その実現性は当初から大いに疑われていたものでした。それと知りつつ、地元反対派もマスコミも応援し、世論も当初は高い支持率で詐欺師を支えました。そして現実に裏切られました。日米合意を反故にして「最低でも県外」と言って見せたこと、世論もそれを虚言と知りつつ支持したこと、それは真珠湾で4隻沈めてやってスッキリしたのと同じことだったような気もします。単なる鬱憤晴らし政策、世論ではかえって後退することにもなりかねません。米軍基地撤去に向けて着実に一歩づつ前進していって欲しいです。アメリカが守ってくれると思い込む自己欺瞞は正すべきですが、卑屈とわかって卑屈をやるしかない現実もあること、また大きな現実として米中露の軍事バランスの境界にあって日本は米国側についていること、これらも正視しておくべきと思います。
例えばこのサイトでも紹介されている阿比留瑠比さんのブログ(05/30付)で、北沢防衛大臣の次のような発言が紹介されています。 ————————- 北沢防衛相「普天間飛行場を外に出し、さらに嘉手納基地から南の米軍基地を全部返還する。前政権のものは極めて良い内容になっている」 http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/1629752/ ————————- これは北沢氏の、現実に問題を担当してみての本音なのだと、私は思います。
そしてやはり、当初の案の方が現実的に一歩前進だったのかもしれません。とりあえず目の前から海岸へ移るのですから。だからかえって屈辱を感じるのかも知れませんが、市街地の真ん中にあるよりは安全です。卑屈とわかって卑屈をやりつつなんとか一歩前進。前政権まではその卑屈の自覚、苦悩があったと思います。それを踏まえないで唐突に非現実的なこと言い出す首相、それに安易に期待してしまう世論では不安です。
外的自己と内的自己とで責任をなすりあってないで一緒に頑張らないと(笑
***
訪問の足跡として書いたひとことコメントに先生ご自身が応えて下さる形になり大変恐縮しております。それを読んでのコメントを私が書く資格があるのかどうかわかりませんが、何も書かないのも失礼かもしれないと思い、わたしの考え(先生の理論の劣化コピーだとは思いますが)を書いてみました。笑ってくだされば光栄です。今後も先生のご活躍を期待しております。サイト運営者様にも。ありがとうございました。
デジタルカメラが当たり前になり、近い将来電子書籍が当たり前になるのでしょうかね?私としては岸田秀の思想を乗せるビーグルが電子だろうが紙だろうが、媒体はどうでも良いと考えています。例えばテレパシーで唯幻論が世界中の人に伝われば素晴らしいと考えています。 あるいは、宇宙に唯幻論が伝播していくと想像してみました。すると何処かの惑星の宇宙人が、「なるほど唯幻論か、地球にも人類のことを直視している思想家がいるんだね」と呟いている光景が浮かんできました。岸田先生、電子書籍を黒船と見てしまう日本人って、悲しくも哀れですね。
カメラといえばデジタルが当たり前、音楽もダウンロードして聞くのが当たり前になった今、書籍という形でまとまった情報を得るにも電子化の流れは間違いなく進むと思います。
テレパシーはともあれ(笑)、電子化はより多くの人に唯幻論をふくめ多くの情報への接点をもたらすものと個人的には期待しています。
ただし、天下り団体を作って電子書籍向けに独自の著作権管理を官主導ではじめようとしているところには異を唱えたいですが。
内的自己の唐突な暴発で反米に傾くのではないかと不安だとことですが、現在の日本はアメリカへの卑屈な外的自己が主流になって久しいので、抑えられた内的自己が暴発する危険が大いにあると思います。暴発を避けるためには、外的自己を制御する必要があります。もう一度、真珠湾を奇襲するわけにはゆかないですからね。暴発でない形で内的自己を表明するにはどうすればいいか。極端に卑屈な外的自己と、いたずらに誇り高い誇大妄想的な内的自己とのいずれにも傾かないためには?米軍基地の存在は日本の防衛のために必要ないと思いますが、それが日本人の屈辱感を醸成し、反米の爆薬となる危険があるから、その意味でも米軍基地の撤去は必要です。
内田樹さんとの対談は、そのうちやることになっていますが、まだいつやるかはきまっていません。おそらく、来年以降でしょう。 岸田
内田樹さん(http://blog.tatsuru.com/)との対談、楽しみにしてます!
週刊ポストの記事で、小生は、日米関係において日本は暴力男にいくら殴られ蹴られても、しがみつく女みたいだと言っていますが、要するに、合理的に冷静に考えると、米軍が日本を守るわけはないのに、守ってくれると信じたがっている日本の卑屈さは限りなく哀れですが、現実的根拠がないのに、そう信じたがるのは、そう信じていないと不安だからでしょう。とにかく、敗戦後六十数年、平和で、高度経済成長以来、豊かな暮らしをしてきて、この平和な状態を、三百万以上が死んだ戦争中の状態と比べると、どっちがいいかは論を俟たないわけで、そこで思考停止に陥っているわけです。しかし、この状態はいつまで続きますかねえ。この状態に伴うマイナスもいろいろあるし。 岸田
日本に原爆を落とした(男女関係にたとえるならば、日本を「犯した」)米国が、紙の上での契約があるとは言え、守ってくれることを期待できる感情がわかりません。一度は日本をひどい目に遭わせた国ですよね。
それとも悪い男に引っかかる女というのはどこもこうなのでしょうか(笑)。ひどいことをしておいてから、手のひらを返すという古典的詐欺師の手法ですよね。そして女は思う。「私をぶった彼は悪くないの。彼を怒らせた私が悪かったの。今は私を守るって言ってくれているし。」と。
管理人様、「國家論」のリンクが切れているようです。ご確認お願い致します。
ご指摘ありがとうございます、確認します!
修正しました!
早々の対応有難う御座います。、「國家論」=「国家論」 誤植すみませんです。先生の投稿↑とても嬉しいです。また魚民で飲みましょうね♪
今日はいい天気です
先生、コメントありがとうございます!
コメントいただいていたtomsanの朗読がアップされました。 ものぐさ精神分析所載の『自己嫌悪の効用』です。 なかなか良いですよ。 http://www.cotyumu.jp/novel.html
今の日本は内的自己の唐突な暴発としての反米に傾いているのでないかと不安です。
最近購入した中公文庫の『ものぐさ精神分析』の奥付をみると、2009年6月10日改版13刷発行となっています。 ずっと読み継がれていくことでしょう・・・・・・・
投稿テスト
テストです
先日、鳩ぽっぽは結婚詐欺師?の記事がきっかけで、岸田先生が週刊ポストからのインタビューを受けたそうです。まだ紙面を確認しておりませんが、どなたかご存じの方いらっしゃいましたらお知らせくださるとうれしいです!
ブログの方でも告知しました。
返信の返信テスト。
今日から4月、新年度がスタートだ。僕は何年も無職で、年度とは無関係だけど、これを区切りに僕も少し今までのまとめをしたいと思う。
今でも悔やまれるのは、去年、マイスペースを一度退会し、世界中に3600人いたフレンドを失ったことだ。
この原因は自分でもはっきりしていなくて、いろいろな要因が重なって、それまで積み上げてきたものを自分から手放すことになったんだと思う。
そこで、考えられる要因をいくつかまとめて整理したいと思う。
まず、僕は1998年の大学の夏休みにサンフランシスコに一ヶ月ホームステイして、語学学校に通う短期留学して、そのときからアメリカ人の家族と文通をしていて、日常生活に支障がないくらいの英語力をつけてきたように、そもそもアメリカが好きで、親米であった。
その後、岸田秀先生の『日本がアメリカを赦す日』の英語版アメリカ発売に無償で協力して、マイスペースでブッシュ批判、小泉批判を繰り広げたが、はじめから反米だったわけではないし、今でも逆に親米である。
そもそもアメリカが好きでなければ、わざわざブログにマイスペースを選ぶ必要はないのである。
外人と交流したいと思うから世界中で普及しているマイスペースや、日本ではいまいち普及していないフェースブックをやっているのである。
ところが岸田秀の名前を出してから、世界中で反米のスパイだと誤解されたらしく、サンフランシスコのファミリーとの文通も途絶えてしまった。
岸田秀先生はそもそも反米なのかもしれないが、僕はあくまでブッシュ政権と自民党を批判してきただけである。
そして日本とアメリカのために、岸田秀先生に学んだことを生かして、みんなはブッシュのイラク戦争と自民党小泉政権の自衛隊イラク派兵を支持してるけれど、それはおかしいよ、と訴えたかったのだ。
そして僕の訴えは成功して、日本でもアメリカでも政権交代して僕の意見は多数派になったけれど、当時は少数派で、厳しい立場だったけれど、僕は岸田秀先生に教わって、自分の立場に信念を持っていた。
そのためお金もないのに洋書のポール・クルーグマンやノーム・チョムスキーを買って、まだ日本語の訳も出ていないうちに、ブッシュ批判に関係がありそうなところを、岸田秀研究室とマイスペースで引用掲載して、マイスペースに何千人もいる僕のアメリカ人やその他の海外の人々にも紹介してきた。
おそらく当時僕は日本でもっともアメリカ人や外人のフレンドの多いブログをやっていたのではないだろうか?
もしかしたらあれからもまだ僕より外人の友達が多くなっている人というのはほとんどいなくて、僕は世界でも、もっとも海外に影響力のある日本人の一人だったのではないだろうか、という誇大妄想と自負があって、それを失ったことが今でも後悔され、最近の欝の原因のようである。
始めたころは、ブッシュ政権と自民党を倒すのは、不可能ではないか、という難題だと思われたが、わずか数年で両方とも達成してしまったことで、それまで年中無休で一日10時間前後、英語でブッシュ批判と、日本語で自民党批判を繰り返し突っ走ってきたので、それを達成したことで脱力し、マイスペースをやめてしまったのかもしれない。
それとそれを達成したことで、それが何の収入にも結びつかず、自分の実生活の改善には直接結びつかないことに直面してしまったのかもしれない。
それに本当は僕はアメリカでミュージシャンになりたかったのに、逆に反米思想の持ち主として公安や検察やCIAに睨まれてしまっては、本末転倒である。
そういういろいろな事情があって、それまでの成果に何の報酬も対価もなく、履歴として残すこともなく、すべて消してしまったのかもしれない。
ツィッターで借金苦なんて書いて引かれたと思うけど、それはほとんど誤解だと思う。自分は病気だからというのも引かれると思う。でもその原因の話は長くなるけど、説明しておかないとなあ。誤解が解けないしな。
まず、1999年に和光大学で岸田秀先生に「すべては幻想」「人間は家畜」という授業をされ、このとき僕は新幹線通学で富士市から町田市までの遠距離通学をしていて、ぜんぜん大学の単位が取れていなかった。
そしてこのときから岸田秀先生は『日本がアメリカを許す日』や『官僚病の起源』などを書いていて、僕は岸田秀の生徒として、反米でカルト的思想を持っていると思われ、検察や公安やカルト教団から盗聴されているという被害妄想の統合失調症になっていた。
そして、新幹線通学をしていてもぜんぜん単位が取れないので、2000年から横浜で一人暮らしをはじめたが、このとき毎日何度も誰もしゃべらないオルゴールの音だけの電話がかかってきて、やっぱり被害妄想だけではなく検察か公安か、カルト教団に、脅され、私生活を脅かされていると感じた。
やっぱりこの話は長くなるので、休憩。結論は、僕を破滅させ、得体の知れないいたずら電話を毎日何度も1年以上かけ続けて私生活を脅かした検察や公安やカルト教団は、僕の実体験から絶対に許していないということ。そしてそれから僕は病気で就職もできずに失われた10年を過ごしたこと。
昭和52年 青土社発行の「ものぐさ精神分析」を渋澤龍彦氏の推薦がきっかけで岸田秀氏に読書入門できた者です。 私は私的なHPの中に朗読サイトをつくっていましてプロの役者さんに朗読して頂いています。まだ一冊目で安部公房著「パニック」を載せて船出したばかりですが近年の朗読流行りの中でみんな何を聞いてみたいのかなあ、と詮索していまして岸田秀氏の世界に行きつきました。 朗読の許可をお願い出来るものでしょうか。是非 許可をして下さいますよう願っております。手続きの方法も含めましてよろしくお願い申し上げます。 HPは「壺中夢」http://www.cotyumu.jp/
私ばかりの投稿ですみません。内田先生のブログ「内田樹の研究室」に 岸田先生の「唯幻論」に衝撃を受けたと紹介されてます。 対談が待ちどうしい~私です。よろしくお願いします。
ありがとうございます。対談が実現したら、出版されるのでしょうか。 特に、内田先生の教育論はとても興味深いですよ。 岸田先生がどのように思われるか、非常にたのしみですね。では、また。
totoさん
岸田先生と内田樹さんの対談が実現しそうですよ。 楽しみですね。
岸田先生、お元気でお過ごしでしょうか。 最近、内田樹先生のご著書「日本辺境論」を読みました。 その中に岸田先生の”外的自己・内的自己”論が引用されていて なぜか、うれしくなってしまいました。 以前、岸田先生の文章に内田先生の「私家版 ユダヤ文化論」の引用があったことを思い出しました。 私は、ずっと岸田先生の愛読者です。最近、内田先生の本を読み始めましたが 岸田先生の文章は、すっと読めるのに、内田先生のは、字面を追ってはいても 理解できなかったり、難解だったりします。 岸田先生のご著書がでるのを首を長~くして待っていますね。 お体を大切になさってくださいませ。
サルトルは、「私にとって幸運だったのは、父親が早くに死んだことだ」と言っていたが、父親に限らず、いや、むしろ、子供の支配の欲望が強いという点で、母親が早く死ぬことのメリットもあるのではないかと思う。 こう言っても、多分怒られないとは思うが(?)、岸田先生も、母親が長生きしていたら、はたしてこんな素晴らしいご活躍が出来たかは疑問と思う。 私の場合は、祖母が数年前に亡くなったばかりで、母親は長生きしそうである。別に良いとも悪いとも思わない。これも幻想であろうが、運命であり、因果であろう。
唯幻論は、根本的には養老孟司先生の「唯脳論」と変わらない。 もちろん、あくまで根本ではということだ。 しかし、簡単に言うと、現実と思っていることは、脳内のイリュージョンに過ぎないということだ。 精神分析学から医学・神経科学は、そういったことが分かるだけで、後は思考実験、有体に言えば想像ができるだけで、そこから何かを発展させることはない。 養老先生だって、だから・・・ということになると、「身体を使って働け」でしょう?それは正しいのだが、なぜそれが良いのかは、本当のところは分からないはずだ。 そこに量子力学を持ち込んで、初めて進歩がある。 昔、南方熊楠は独自にこの世を解き明かそうとしたが、量子力学を知らなかったのでまとまらず、考えれば考えるほど複雑になった。それで、ブラックボックスを散りばめた南方マンダラを考えたわけだ。まあ、それでも大したものだ。
もちろん、量子力学はミクロの世界の話だ。ニュートン力学の系に影響を与えることはない。 だが、2500年も前に荘子が、山も獣の毛の先より小さいと言ったように、そんな不可思議が(現実か幻想かはともかくとして)ある。量子力学とはさらに関係がないはずの相対性理論にだって、これらを結びつけることが考えられているくらいだ。 脳を量子世界に広げて考えないと答は分からない。量子世界は、現実というよりは情報世界である。つまり、幻想もまた情報なのだ。
意外に投稿が少ないですね。 何故、本能が壊れたのか、その意義は? すでにどこかで語りつくされているのかもしれませんが、 それは「進化」のために必要だったということでは? 人類の特性である「想像力」を育てるには、 何よりも「幻想」を抱く能力が不可欠であったと。
50年以上生きてきて、初めて岸田本を読みました。 『性的唯幻論序説』、長年探し求めてきた最後のピースを見つけたような気がしてます。
黒人→白人→黄色人
黒人の夫婦から白人の子どもが生まれたとのことです。
アルビノでは無いと言っていますがどうなのでしょう。
これは岸田説の傍証になるのでしょうか。
http://www.thesun.co.uk/sol/homepage/news/3060907/Black-parents-give-birth-to-white-baby.html
『良心をもたない人たち──25人に1人という恐怖』という本を読んで思ったのですが、
“サイコパス”と呼ばれる人々は、一体何を自我の支えとしているのでしょうか。
彼らは道徳的規範を知識としてはよく知っており、人々に自分がどう思われるかについて鋭い感覚を持っています。
そして外面的には非の打ちどころのない生活を送り、世間の評判もよく、社会的に高い地位を占めていたりします。
彼らは世間を欺くことはあっても、自分自身を欺くことはありません。
自分の罪や欠点に自覚的で、そのことに罪悪感を感じていません。
このような人間が本当に存在するのでしょうか。
彼らも内心では不安と葛藤を抱えており、必死に隠そうとしているだけなのでしょうか。
そうではないとしたら、何が彼らの自我を支えているのでしょうか。
岸田先生やみなさんはどうお考えになりますか。
http://www.soshisha.com/book_read/htm/1472.html
岡田斗司夫さんが、岸田先生の説に疑問を呈されています。
http://otaking-ex.jp/wp/?p=2985
(動画の5分前後の箇所から)
http://otaking-ex.jp/wp/?page_id=1980
岡田さんの説はオカルトですが、面白く感じました。
柚南さん こんにちは。
リンク先を見ました。岡田斗司夫は面白いですね。
大したことない疑問に思えます。
こちらに岸田先生と岡田斗司夫の対談がありました。
http://netcity.or.jp/OTAKU/okada/library/books/mazime/No2.html
idさん、こんにちは。
お返事ありがとうございます。
私は岸田先生の説に賛成なのですが、岡田さんの説は、SFとしては面白く感じました。
リンク先読んでみます。
先生が、小田実さんについて質問しています。誰かご存知の方いませんか?僕の回答は、質問に対しての回答になっていないです。どうでしょうか、皆さん、この際書き込みのほう宜しくお願いします。僕ばっかり目だっても困るので。
訂正です。「自殺や借金苦」ではなく「鬱や借金苦」です。
先生、お久しぶりです。
僕は小田実さんのことは知りませんでした。でも、ベトナム軍に日本軍のことを重ね合わせて応援していたというのはありえるのではないのでしょうか?
日本は先進国で最高の自殺率を誇るように、追い込まれている人がたくさんいて、彼らはアメリカ人に追い込まれるベトナム人に、自分を重ね合わせてみているのではないでしょうか?
カレル・ヴァン・ウォルフレンが『日本・権力構造の謎』という昔の本で、80年代の日本を分析し、日本には、権力による「脅し」の行為と、脅された一般市民の「仕方がない」という空気が蔓延しているといっています。
この分析は今でも当てはまっていると思います。コレは先生の「日本人は分裂病」という分析にも適用可能です。
なぜならコレは、権力に本当は逆らい反逆し打ち倒したいという欲求があるのに「仕方がない」といって過剰に権力に屈してしまうのは、本当は権力を認めていないのに、権力の脅しに屈して、暴力男にしがみつく女のように無理やり従わせられ、「仕方がなく」、自分が認めてもいない代表者に支配され、精神的にも引き裂かれているからです。
先生が分析されているとおり、「暴力男にしがみつく女」である日本人たちは、アメリカに対して卑屈になるだけでなく、国内の権力にも卑屈になります。そして、本当はそれらの権威を認めていません。コレはまさに、統合失調的な症状でしょう。
そして、抑えられた内的自己は過剰な反発心となって極端な反米になり、アメリカと戦うベトナムに見事に自己と同一視し共感し応援してしまうのでしょう。
ですから、日本の自殺率が高いのは、自殺や借金苦だけでなく、統合失調症によるものも多いのではないかと個人的には推測しています。コレは先生が分析されたように、日本人の身内に甘く、他人に厳しい、客観的な視線がない体質と、「暴力男にしがみつく女」のようにアメリカにしがみつき、日本国政府にしがみつきながら、本当は被支配者で弱者である一般大衆は、無意識にそれらに反発していながら、強者の「脅し」に弱く、すぐに「仕方がない」と考える日本的風土が、ペリーショック以降、通低しているのではないでしょうか?
この前、亡くなった小田実さんが主催していた「べ平連」が、当時、あんなに人気があったのはなぜかと、ある人が言ってきたので、この運動は反米運動だったのではないかと答えました。ベトナムがアメリカに勝ったのは、北爆の米軍機が次々と撃墜されたことからもわかるように、ソ連などの援助により、ベトナム軍が優秀な近代的武器を持っていたことも大いに与かって力があったからですが、どういうわけか、当時の日本では、貧弱な武器しか持たないベトナム兵が、類稀な勇気と自己犠牲的精神で戦い、優秀な」近代兵器を持つ米軍に勝ったという話になっていました。地下壕に潜んで戦うベトナム兵は同じように地下壕に潜んで戦った硫黄島の日本兵に比べられ、落とし穴に先が尖った竹を立てたベトナム軍の原始的武器が強調されていました。どうも、日本人は、ベトナム兵を日本兵と同一視し、日米戦争で、劣悪な武器しか持たなかった日本軍が優秀な近代兵器を持つ米軍に勝つという幻想をベトナム戦争に託していたのではないかと考えら
れます。みなさんは、どう思いますか。 岸田
確かに言われるとおり、ベトナムはゲリラ戦で勝ったようなイメージがあります。
当時の私は共産主義が嫌いでアメリカを支持していました。
朝鮮戦争でアメリカは北朝鮮に対し原爆を使わなかった。
北ベトナムにも原爆を使わなかった。
日本に原爆を投下したのは、犠牲を少なくし戦争を早く終わらせる為との正当化はダブルスタンダードですね。
日本への復讐と核実験、他国への威嚇だったのだろうと考えます。
「最低でも県外」。それは某結婚詐欺師が唐突に言い出したもので、その実現性は当初から大いに疑われていたものでした。それと知りつつ、地元反対派もマスコミも応援し、世論も当初は高い支持率で詐欺師を支えました。そして現実に裏切られました。日米合意を反故にして「最低でも県外」と言って見せたこと、世論もそれを虚言と知りつつ支持したこと、それは真珠湾で4隻沈めてやってスッキリしたのと同じことだったような気もします。単なる鬱憤晴らし政策、世論ではかえって後退することにもなりかねません。米軍基地撤去に向けて着実に一歩づつ前進していって欲しいです。アメリカが守ってくれると思い込む自己欺瞞は正すべきですが、卑屈とわかって卑屈をやるしかない現実もあること、また大きな現実として米中露の軍事バランスの境界にあって日本は米国側についていること、これらも正視しておくべきと思います。
例えばこのサイトでも紹介されている阿比留瑠比さんのブログ(05/30付)で、北沢防衛大臣の次のような発言が紹介されています。
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北沢防衛相「普天間飛行場を外に出し、さらに嘉手納基地から南の米軍基地を全部返還する。前政権のものは極めて良い内容になっている」
http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/1629752/
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これは北沢氏の、現実に問題を担当してみての本音なのだと、私は思います。
そしてやはり、当初の案の方が現実的に一歩前進だったのかもしれません。とりあえず目の前から海岸へ移るのですから。だからかえって屈辱を感じるのかも知れませんが、市街地の真ん中にあるよりは安全です。卑屈とわかって卑屈をやりつつなんとか一歩前進。前政権まではその卑屈の自覚、苦悩があったと思います。それを踏まえないで唐突に非現実的なこと言い出す首相、それに安易に期待してしまう世論では不安です。
外的自己と内的自己とで責任をなすりあってないで一緒に頑張らないと(笑
***
訪問の足跡として書いたひとことコメントに先生ご自身が応えて下さる形になり大変恐縮しております。それを読んでのコメントを私が書く資格があるのかどうかわかりませんが、何も書かないのも失礼かもしれないと思い、わたしの考え(先生の理論の劣化コピーだとは思いますが)を書いてみました。笑ってくだされば光栄です。今後も先生のご活躍を期待しております。サイト運営者様にも。ありがとうございました。
デジタルカメラが当たり前になり、近い将来電子書籍が当たり前になるのでしょうかね?私としては岸田秀の思想を乗せるビーグルが電子だろうが紙だろうが、媒体はどうでも良いと考えています。例えばテレパシーで唯幻論が世界中の人に伝われば素晴らしいと考えています。
あるいは、宇宙に唯幻論が伝播していくと想像してみました。すると何処かの惑星の宇宙人が、「なるほど唯幻論か、地球にも人類のことを直視している思想家がいるんだね」と呟いている光景が浮かんできました。岸田先生、電子書籍を黒船と見てしまう日本人って、悲しくも哀れですね。
カメラといえばデジタルが当たり前、音楽もダウンロードして聞くのが当たり前になった今、書籍という形でまとまった情報を得るにも電子化の流れは間違いなく進むと思います。
テレパシーはともあれ(笑)、電子化はより多くの人に唯幻論をふくめ多くの情報への接点をもたらすものと個人的には期待しています。
ただし、天下り団体を作って電子書籍向けに独自の著作権管理を官主導ではじめようとしているところには異を唱えたいですが。
内的自己の唐突な暴発で反米に傾くのではないかと不安だとことですが、現在の日本はアメリカへの卑屈な外的自己が主流になって久しいので、抑えられた内的自己が暴発する危険が大いにあると思います。暴発を避けるためには、外的自己を制御する必要があります。もう一度、真珠湾を奇襲するわけにはゆかないですからね。暴発でない形で内的自己を表明するにはどうすればいいか。極端に卑屈な外的自己と、いたずらに誇り高い誇大妄想的な内的自己とのいずれにも傾かないためには?米軍基地の存在は日本の防衛のために必要ないと思いますが、それが日本人の屈辱感を醸成し、反米の爆薬となる危険があるから、その意味でも米軍基地の撤去は必要です。
内田樹さんとの対談は、そのうちやることになっていますが、まだいつやるかはきまっていません。おそらく、来年以降でしょう。 岸田
内田樹さん(http://blog.tatsuru.com/)との対談、楽しみにしてます!
週刊ポストの記事で、小生は、日米関係において日本は暴力男にいくら殴られ蹴られても、しがみつく女みたいだと言っていますが、要するに、合理的に冷静に考えると、米軍が日本を守るわけはないのに、守ってくれると信じたがっている日本の卑屈さは限りなく哀れですが、現実的根拠がないのに、そう信じたがるのは、そう信じていないと不安だからでしょう。とにかく、敗戦後六十数年、平和で、高度経済成長以来、豊かな暮らしをしてきて、この平和な状態を、三百万以上が死んだ戦争中の状態と比べると、どっちがいいかは論を俟たないわけで、そこで思考停止に陥っているわけです。しかし、この状態はいつまで続きますかねえ。この状態に伴うマイナスもいろいろあるし。 岸田
日本に原爆を落とした(男女関係にたとえるならば、日本を「犯した」)米国が、紙の上での契約があるとは言え、守ってくれることを期待できる感情がわかりません。一度は日本をひどい目に遭わせた国ですよね。
それとも悪い男に引っかかる女というのはどこもこうなのでしょうか(笑)。ひどいことをしておいてから、手のひらを返すという古典的詐欺師の手法ですよね。そして女は思う。「私をぶった彼は悪くないの。彼を怒らせた私が悪かったの。今は私を守るって言ってくれているし。」と。
管理人様、「國家論」のリンクが切れているようです。ご確認お願い致します。
ご指摘ありがとうございます、確認します!
修正しました!
早々の対応有難う御座います。、「國家論」=「国家論」 誤植すみませんです。先生の投稿↑とても嬉しいです。また魚民で飲みましょうね♪
今日はいい天気です
先生、コメントありがとうございます!
コメントいただいていたtomsanの朗読がアップされました。
ものぐさ精神分析所載の『自己嫌悪の効用』です。
なかなか良いですよ。
http://www.cotyumu.jp/novel.html
今の日本は内的自己の唐突な暴発としての反米に傾いているのでないかと不安です。
最近購入した中公文庫の『ものぐさ精神分析』の奥付をみると、2009年6月10日改版13刷発行となっています。
ずっと読み継がれていくことでしょう・・・・・・・
投稿テスト
テストです
先日、鳩ぽっぽは結婚詐欺師?の記事がきっかけで、岸田先生が週刊ポストからのインタビューを受けたそうです。まだ紙面を確認しておりませんが、どなたかご存じの方いらっしゃいましたらお知らせくださるとうれしいです!
ブログの方でも告知しました。
返信の返信テスト。
今日から4月、新年度がスタートだ。僕は何年も無職で、年度とは無関係だけど、これを区切りに僕も少し今までのまとめをしたいと思う。
今でも悔やまれるのは、去年、マイスペースを一度退会し、世界中に3600人いたフレンドを失ったことだ。
この原因は自分でもはっきりしていなくて、いろいろな要因が重なって、それまで積み上げてきたものを自分から手放すことになったんだと思う。
そこで、考えられる要因をいくつかまとめて整理したいと思う。
まず、僕は1998年の大学の夏休みにサンフランシスコに一ヶ月ホームステイして、語学学校に通う短期留学して、そのときからアメリカ人の家族と文通をしていて、日常生活に支障がないくらいの英語力をつけてきたように、そもそもアメリカが好きで、親米であった。
その後、岸田秀先生の『日本がアメリカを赦す日』の英語版アメリカ発売に無償で協力して、マイスペースでブッシュ批判、小泉批判を繰り広げたが、はじめから反米だったわけではないし、今でも逆に親米である。
そもそもアメリカが好きでなければ、わざわざブログにマイスペースを選ぶ必要はないのである。
外人と交流したいと思うから世界中で普及しているマイスペースや、日本ではいまいち普及していないフェースブックをやっているのである。
ところが岸田秀の名前を出してから、世界中で反米のスパイだと誤解されたらしく、サンフランシスコのファミリーとの文通も途絶えてしまった。
岸田秀先生はそもそも反米なのかもしれないが、僕はあくまでブッシュ政権と自民党を批判してきただけである。
そして日本とアメリカのために、岸田秀先生に学んだことを生かして、みんなはブッシュのイラク戦争と自民党小泉政権の自衛隊イラク派兵を支持してるけれど、それはおかしいよ、と訴えたかったのだ。
そして僕の訴えは成功して、日本でもアメリカでも政権交代して僕の意見は多数派になったけれど、当時は少数派で、厳しい立場だったけれど、僕は岸田秀先生に教わって、自分の立場に信念を持っていた。
そのためお金もないのに洋書のポール・クルーグマンやノーム・チョムスキーを買って、まだ日本語の訳も出ていないうちに、ブッシュ批判に関係がありそうなところを、岸田秀研究室とマイスペースで引用掲載して、マイスペースに何千人もいる僕のアメリカ人やその他の海外の人々にも紹介してきた。
おそらく当時僕は日本でもっともアメリカ人や外人のフレンドの多いブログをやっていたのではないだろうか?
もしかしたらあれからもまだ僕より外人の友達が多くなっている人というのはほとんどいなくて、僕は世界でも、もっとも海外に影響力のある日本人の一人だったのではないだろうか、という誇大妄想と自負があって、それを失ったことが今でも後悔され、最近の欝の原因のようである。
始めたころは、ブッシュ政権と自民党を倒すのは、不可能ではないか、という難題だと思われたが、わずか数年で両方とも達成してしまったことで、それまで年中無休で一日10時間前後、英語でブッシュ批判と、日本語で自民党批判を繰り返し突っ走ってきたので、それを達成したことで脱力し、マイスペースをやめてしまったのかもしれない。
それとそれを達成したことで、それが何の収入にも結びつかず、自分の実生活の改善には直接結びつかないことに直面してしまったのかもしれない。
それに本当は僕はアメリカでミュージシャンになりたかったのに、逆に反米思想の持ち主として公安や検察やCIAに睨まれてしまっては、本末転倒である。
そういういろいろな事情があって、それまでの成果に何の報酬も対価もなく、履歴として残すこともなく、すべて消してしまったのかもしれない。
ツィッターで借金苦なんて書いて引かれたと思うけど、それはほとんど誤解だと思う。自分は病気だからというのも引かれると思う。でもその原因の話は長くなるけど、説明しておかないとなあ。誤解が解けないしな。
まず、1999年に和光大学で岸田秀先生に「すべては幻想」「人間は家畜」という授業をされ、このとき僕は新幹線通学で富士市から町田市までの遠距離通学をしていて、ぜんぜん大学の単位が取れていなかった。
そしてこのときから岸田秀先生は『日本がアメリカを許す日』や『官僚病の起源』などを書いていて、僕は岸田秀の生徒として、反米でカルト的思想を持っていると思われ、検察や公安やカルト教団から盗聴されているという被害妄想の統合失調症になっていた。
そして、新幹線通学をしていてもぜんぜん単位が取れないので、2000年から横浜で一人暮らしをはじめたが、このとき毎日何度も誰もしゃべらないオルゴールの音だけの電話がかかってきて、やっぱり被害妄想だけではなく検察か公安か、カルト教団に、脅され、私生活を脅かされていると感じた。
やっぱりこの話は長くなるので、休憩。結論は、僕を破滅させ、得体の知れないいたずら電話を毎日何度も1年以上かけ続けて私生活を脅かした検察や公安やカルト教団は、僕の実体験から絶対に許していないということ。そしてそれから僕は病気で就職もできずに失われた10年を過ごしたこと。
昭和52年 青土社発行の「ものぐさ精神分析」を渋澤龍彦氏の推薦がきっかけで岸田秀氏に読書入門できた者です。
私は私的なHPの中に朗読サイトをつくっていましてプロの役者さんに朗読して頂いています。まだ一冊目で安部公房著「パニック」を載せて船出したばかりですが近年の朗読流行りの中でみんな何を聞いてみたいのかなあ、と詮索していまして岸田秀氏の世界に行きつきました。
朗読の許可をお願い出来るものでしょうか。是非 許可をして下さいますよう願っております。手続きの方法も含めましてよろしくお願い申し上げます。
HPは「壺中夢」http://www.cotyumu.jp/
私ばかりの投稿ですみません。内田先生のブログ「内田樹の研究室」に
岸田先生の「唯幻論」に衝撃を受けたと紹介されてます。
対談が待ちどうしい~私です。よろしくお願いします。
ありがとうございます。対談が実現したら、出版されるのでしょうか。
特に、内田先生の教育論はとても興味深いですよ。
岸田先生がどのように思われるか、非常にたのしみですね。では、また。
totoさん
岸田先生と内田樹さんの対談が実現しそうですよ。
楽しみですね。
岸田先生、お元気でお過ごしでしょうか。
最近、内田樹先生のご著書「日本辺境論」を読みました。
その中に岸田先生の”外的自己・内的自己”論が引用されていて
なぜか、うれしくなってしまいました。
以前、岸田先生の文章に内田先生の「私家版 ユダヤ文化論」の引用があったことを思い出しました。
私は、ずっと岸田先生の愛読者です。最近、内田先生の本を読み始めましたが
岸田先生の文章は、すっと読めるのに、内田先生のは、字面を追ってはいても
理解できなかったり、難解だったりします。
岸田先生のご著書がでるのを首を長~くして待っていますね。
お体を大切になさってくださいませ。
サルトルは、「私にとって幸運だったのは、父親が早くに死んだことだ」と言っていたが、父親に限らず、いや、むしろ、子供の支配の欲望が強いという点で、母親が早く死ぬことのメリットもあるのではないかと思う。
こう言っても、多分怒られないとは思うが(?)、岸田先生も、母親が長生きしていたら、はたしてこんな素晴らしいご活躍が出来たかは疑問と思う。
私の場合は、祖母が数年前に亡くなったばかりで、母親は長生きしそうである。別に良いとも悪いとも思わない。これも幻想であろうが、運命であり、因果であろう。
唯幻論は、根本的には養老孟司先生の「唯脳論」と変わらない。
もちろん、あくまで根本ではということだ。
しかし、簡単に言うと、現実と思っていることは、脳内のイリュージョンに過ぎないということだ。
精神分析学から医学・神経科学は、そういったことが分かるだけで、後は思考実験、有体に言えば想像ができるだけで、そこから何かを発展させることはない。
養老先生だって、だから・・・ということになると、「身体を使って働け」でしょう?それは正しいのだが、なぜそれが良いのかは、本当のところは分からないはずだ。
そこに量子力学を持ち込んで、初めて進歩がある。
昔、南方熊楠は独自にこの世を解き明かそうとしたが、量子力学を知らなかったのでまとまらず、考えれば考えるほど複雑になった。それで、ブラックボックスを散りばめた南方マンダラを考えたわけだ。まあ、それでも大したものだ。
もちろん、量子力学はミクロの世界の話だ。ニュートン力学の系に影響を与えることはない。
だが、2500年も前に荘子が、山も獣の毛の先より小さいと言ったように、そんな不可思議が(現実か幻想かはともかくとして)ある。量子力学とはさらに関係がないはずの相対性理論にだって、これらを結びつけることが考えられているくらいだ。
脳を量子世界に広げて考えないと答は分からない。量子世界は、現実というよりは情報世界である。つまり、幻想もまた情報なのだ。
意外に投稿が少ないですね。
何故、本能が壊れたのか、その意義は?
すでにどこかで語りつくされているのかもしれませんが、
それは「進化」のために必要だったということでは?
人類の特性である「想像力」を育てるには、
何よりも「幻想」を抱く能力が不可欠であったと。
50年以上生きてきて、初めて岸田本を読みました。
『性的唯幻論序説』、長年探し求めてきた最後のピースを見つけたような気がしてます。